冒険者と関わる仕事を開始してから昔の知人と再会することが多くなった。
なぜなら、昔の知人はほとんどが未だ現役冒険者だからだ。 いい加減、腰を一箇所に落ち着け、手に職でも持ち、幸せだったり不幸せだったりする自らの家庭を築くべきだろうに、全く。 とはいえ、私同様に一度その願いを持ちながら、結局それが果たせず再び旅の空に身を委ねるどうしようもない奴もいるもので… 今日、蒼龍の塔からやってきた男は、まさにその典型だろう。 「いらっしゃいませー」 扉を開く音に反応して、顔を上げながら営業用の挨拶をかける。 逆光を背に、男のシルエットが描きだされている。 整えやすさを優先したような短髪とがっしりした体つき。肉体労働者を連想した。 「よぉ、邪魔するぜー」 その声と、逆光の中でにやりとあげられた口の端で私は気づく。彼の名はジーン・プレサリオ。いや、今の名前はジーン・ミカゲか。歳は私同じぐらいの四十路ちょいで、今も昔も鍛冶職人として活動していたはずだ。 奥さんに逃げられたとはいえ、彼には子供がいるのだからそちらに集中すればいいのものを。たまには帰っているらしいが、子供を知り合い夫婦に預けて旅三昧の日々を十五年も続けている。 なお、彼と最初に出会ったのは二十年。私とはときたまに言葉を交わす程度だったが、記憶にはありありと彼のことが残っている。ロクなことをしない奴だが、類は友を呼ぶのか結構な数の-そして意外な知り合いと群れて何かやっていたことを覚えている。 特に覚えているのは、彼が一度のギャンブルで一万シリーンを使ったということで、残念ながら私とは価値観があまりにも違う男だ。 とはいえ、配偶者の失踪という結末はお互い同じなのだからまったく嫌になる。彼は失踪、私はプラス離縁状付きという違いがあるとはいえ。 そんな何かと相性の悪いジーンを見つめ、ため息まじりのつぶやきを吐き出す。 「はあ、損した」 「何がだ」 聞きとがめたジーンの問いに、私は面白くもなさそうに答える。 「愛想を使って損した」 「愛想だって?」 「そう、私のいっらしゃいませーが無駄になったじゃないか。君、今すぐ私のいらっしゃいませーを返しなさい」 差し出した私の手のひらを、ジーンはしばらく何も言わずに見つめていた、が。 「…オマエはこんな店を構えて、売りものは喧嘩だけか」 ジーンの言葉に、私たちは好戦的な眼差しを向け合って、次の瞬間声もなく笑いあう。 そんな具合に、旧知との再会は、素晴らしく無意味な言葉の応酬で始まった。 それでも、彼を応接間に招いたのは懐かしさもあるが、現役冒険者でもある彼の情報を求めてのことだった。 彼が「蒼龍の塔」という謎の多い施設のある地方に行っていたこと。それはまさに、今私が抱いている興味の対象だった。 ミルシア南部に忽然と聳え立つ塔。誰か建てたのか、何のために建っているのか、中はどうなっているのか、未だ情報はまったくない。冒険者たちも詳しい情報を得ることなく素通りしていくためだ。 だが、期待に反してジーンの話はいずれの答えも示しはしなかった。思わず不満を鳴らすと、奴は口の端だけ吊り上げて笑う。 「仕方ねーだろ。ふらっと塔に中に入っていった奴が、すぐに塔の壁を吹っ飛ばして退出させられた様を目の前で見たんだ。ぜってームリ」 その様子からすると、「何か」があるというのは確実なのだが…それ以上は今は知ることができないようだ。まあ、冒険者と命知らずを分けるのは、危険に対する判断力だからね。傍から見ると、まったく同じに見えるのだが。 しばらく、そのままジーンとは雑談が続いた。付近のPKが厄介だから町に逃げるだの、久しぶりに鍛冶仕事をするだの、それにしてもこっちでは鍛冶に手間がかかるという愚痴だの。 それらがひと段落して、ジーンはふと深刻ぶった表情をする。 「で、だ。噂ぐらいは耳にしてないか?」 主語を略されても困惑するだけだ。私は曖昧に小首をかしげる。 「トボけんな。鳴沢御影。失踪しちまったアイツだよ」 「ああ、君の奥さんだったね。って、まだ探しているのか?」 もう十五年も前のことだろという言葉を飲み込む。彼にとってそれは、終わって風化を待つ出来事ではなく、未だ過程にあることだったからだ。 「私の知る限り、その名前を耳にしたことはないけど…未練だねぇ」 しかし、思わず率直な感想がもれる。私も理不尽な別れは何度も体験しているが、全ていつの間にか痛みは薄れて、生活の慌しさにまぎれてしまう。星も見えない夜の寝床で、独りを静寂に思い知らされたときに胸を鈍く刺す想いを抱くぐらいだ。 「他人事みたいに言うなよ、キョウスケ。オマエもあるだろ、大切なものがいなくなって、理由もわからなくて、ただぽっかりと穴が残された気持ちが。理由を知りたい、防げなかったのか、元に戻れないのか、その想いが、ジクジクと狂おしく痛んでたまらなくなる」 最初の妻の顔がふと頭を頭をよぎったが、遠い記憶の輪郭は朧に揺らいで定まらない。 「まあ、わからなくもないよ。ただ、それも気持ちだからね。気持ちに開いた穴なんて、とりとめもないことに埋まっていく。誰かに癒されていくこともなしに、傷は勝手にカサブタになってしまう」 代替行為や妥協。それがないと人の生き方はえらく苦しくなる。器からこぼれ落ちた水を拾おうとするように。 ジーンは私の言わんとしているところは理解してくれたのか、ソファの背もたれに身を投げ出して天井を眺めた。 だが、彼の口をついたのは強い意志。 「けどな、オレにとって御影が開けた穴は御影でないと埋まらないんだ」 私と彼の違いを端的に表すとしたら、聞き分けのないこの一言だろう。私はこんなに身勝手に何かを追い求めたりできない。折り合いをつけることはできるが、一方を完全に捨てるなんてできない。 そんな私の言葉は、もはや彼にとっては邪魔な雑音そのものだろう。 「わかったよ、ジーン。アストローナ大陸を探し回って見つからずにイブラシルまできたのだろう。私も探せる範囲は探してみよう」 できる限り彼の希望に叶う言葉を選びながら、私はこの話題を終わらせようと少し急いだ。眩しい想いを抱くジーンと相対することが辛くなったからだったかもしれない。 ジーンもそれを察したのか、短い感謝の後は散り散りになった昔の仲間について、彼独自の毒舌交じりの思い出話をし始めた… しかしまあ、この時は自分こそが感情に折り合いをつけれるまともな人間なような口ぶりだったが、今読み返すとずいぶんと私も知ったような口を叩いていた。 今、窓に切り取られた風景。夜空に鮮やかな光を浮かべる下弦の月を見て、最初の妻がいなくなった夜と同じ月の陰りだと思い出している。 あの時、世界は夜そのものに思えた。欠けゆく月の照らし出す果てない夜。 今も欠けた月が、何かを失っていた私をただ照らし出す。 心に影を伸ばすのは、私が見切りをつけた全てのこと。その中には、きっと… さて、ペンが自制を失った言葉を吐き出す前に投げ捨て、今日は眠ろう。きっと目覚めれば、慌しい日々が私をそぎ落としていってくれるのだから。
by yugi-B
| 2005-06-14 22:08
| 週報
|
カテゴリ
以前の記事
最新のコメント
一方的リンク
サイトトップへ
蜥蜴の尻尾亭 創作系のギルドにして、同名のクランあり。 Bass Empire 当銀行と事実上、提携のギルド。 個性豊かな2パーティが活動を行っている。 ◆ 桜組 ◆ 雑談と交流を主として、様々な人が集まり、楽しんでいる。 その交流の横糸はギルド外にも広くのびる。 情報系-プログ系 セイファーが作る 情報の吹きだまり 多岐にわたる情報を心の赴くまま掲載。 その探求は世界観考察にも。 DK3 Aestheticism クラン紹介というジャンルを切り開くプログ。 他にもサイト紹介などで確かに筆力を発揮する。 芋味 チャットなどにもたらされた情報という貴重で限られた情報を集める。 このお芋さんは実に味わい深い。 虹とキリン DK3のサイト紹介に精度のいいアンテナを持つ。 同盟も豊富。 ■ 情報系-抽出系 DK3結果一覧 PK、開錠結果、鍛冶一覧などなど。 欲しい情報そのものも、考察の入り口もここにある。 時空の塔 すっきりしたデザインで敵、スキル、アイテムの調査結果をまとめている。 銀の小箱 検索器が趣味と実益の双方を確実に満たす。 統計なども充実。 マガ動物園日誌 いわゆる"新聞系" 毎週PKなどの結果を解説し、プレイヤーの情報把握を助ける。 はなの穴 確実に役に立つ情報がさりげなく配置されており、驚きと考察を呼ぶサイト。 Archive Terminal 過去の結果を全て保存している。 あらゆる悩の答えはここにあるのかもしれない。 形見の欠片 戦闘解析やスキルなどを手がけている。 隠れた名店的存在。 ■ 情報系-スキル系 WING & SORCERY スキルツリーの親切設計には恐れ入るばかり。 誰でも、視覚的にスキル取得計画をたてることが可能だろう。 変性迷子天使 敵やスキル、各種現象の調査に定評あり。 特にスキルの特性を掴んだ表の見易さは特筆もの。 ルシアの鍛冶工房 攻撃系鍛冶職人としての腕のみならず、詳細なスキル一覧、モンスターの属性表など有益な情報で有名。 ■ 情報系-MAP系 DK3 MAP スタリッシュな大陸マップ。 本家地図ではやや地形に隠れて道などが見えづらいが、こちらを見れば地域情報含めて一目瞭然。 雰囲気のある各地域の画像も良。 新大陸ガイドマップ 人気サイト「マガ動物園日誌」のコンテンツ。 シンプルで、一言コメントが嬉しい旅行ガイド。 ■ 旅日記系 お地蔵さん通信 一風変わった視点でユーモラスな旅を描き出す。 落太郎の絵日記 毎回ごとに台詞や絵を加えて彩をそえている。 翠楓庵のまったりな日々 むしろ、見事に鳥。 Forty-Million うちと同じくキャラ視点の日記。 どこかストーリー性を感じて楽しみ。 Silvery Blaze 絵師、開錠、鍛冶、交流と総合サイト。 個人的に情感豊かな日記に魅力を感じる。 sky-A モンスター情報サイトとして有名だが、日記も一読の価値あり。 山猫のアストローナ周遊記録 対話形式にで、その月々の情勢をわかりやすく紹介してくれる。 きぶんやのきまぐれ 豊かなキャラクター性を毎週更新のイラストで表現した旅日記が秀逸。 イブラシル見聞録 毎週の旅の様子を手記としてまとめている。 他にも同盟や鍛冶なども。 ■ お店-銀行 ラトワール銀行 実績、名声ともDK3のTOP。 選んで間違いなし。 ■ お店-鍛冶&開錠 準備中。 フォロー中のブログ
最新のトラックバック
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
|
ファン申請 |
||