イブラシル暦 684年 12月/新聞ごしの再会

”情報というものは占有されることで利益を生む。”

 この定理は、特に競争相手が無数にいる冒険者でこそ明白であるはずだ。
 それも、誰かと比べなくては幸福を見つけだせないという人の性質が、その定理を強力に後押ししている。
 知識を最大に活用できる相手はその知識を知らない者であり、知識の共有化などカモを減らすだけと考える者は珍しくない。
 敗れ去る相手がいてこそ、自分が勝者になれる。そんなもっとも分かりやすい構図を人は好む。相対的な幸福こそが、目に見える幸せなのだ。

 しかし、いささか現実に疲れて夢物語に憧れる年頃の私は、別の可能性を考えずにはいられない。
 情報は占有されないことでより大きな利益を生むのではないかと。
 知識の裾野が広がれば、その上には膨大な経験と推察を積み上げることができる。編み出されたよりよい方法は、知識に近づこうとする万人の期待を満たし、より高みへと導いていく。

 私の知る限りにおいて、それに近い現象を促すのは新聞だろう。
 その月の出来事や注意を引くできごとを紹介し、分かりやすい知識への入り口を用意する。
 編纂者の考察や、その現在進行形の空気を読み取っていくことで、道を開拓するダイナミズムに同調し、先への興味を保つことができる。
 必要以上に手を貸さず、間口をほんの少し広げる。新聞というのは、中々に私好みのプレゼンテーションだ。


 そんなわけで、今日も仕事終わりのくつろぎの一時、購読中の新聞を読みふける。
 話題を一通り見ていくと、クレナイ映画館様、サイクロプス隊様の名前が紙面を躍っていた。ご活躍のようで何より。
 最大の驚きは、濡れ髪様の新たなパーティメンバーが、かねてより注目を集めていた人とわかったことだった。こ、濃いなぁ。
 ともかく、このようにお客様の活躍を新聞という媒体で目にすることができるのは、密かに嬉しいものだね。

 そのように読み進んでいくと、最後の方で『今週のグラビア』なるコーナーにつきあたった。
 私はふと、懐かしい気分になる。
 20年前、愛読していた新聞でも同様のコーナーがあって、私は大陸の見果てぬ財宝よりも出会えるかもしれない美女に思いをはせたものだ。
 遠い記憶をたどって、ページをめくる。

 果たして、そこでも私は旧知の人物を目撃することになる。
 一人はお客様、クレナイ映画館の沙夜様。口座開設の折に見かけた際には人形の美を思わせるその端正さが心に残ったものだ。
 そしてもう一人は、はるか昔の知り合いだが鉛筆番長さん。
 今の私ほどではないが、渋さ溢れる美中年だった姿を思い浮かべて、彼の姿を…


 見なかったことにした。

 それはともかく、ふとこのグラビアの載っている過去の紙面を読み返すと、うちの顧客のフリィル=アンスヴィクトさんが684年9月号に掲載されているのを発見した。
 コメントでは絶賛されていたが、着眼点がまるで私と魂の双子のようだ。こほん。
 たどっていくと、男女どちらでもいいやと言わんばかりの美貌の持ち主雪椿さんや、はつらつとした魅力の朱鳥 盾さん、かわいらしさが溢れてたれ流さんばかりの小鳥遊 穂波さん、男前ホワイト・クロスフォードさん……などなど、実に様々なお客さまが掲載されている。
 素晴らしい限りだが、私からするとさらに掲載してもらいたい方は沢山いるわけで、これから銀行推薦枠としてお客様を取り上げていきたい。

 まずは旧知の風羽・クライシスを…オススメしない。うん、やめとこう。

 次に、P003のセンシア=アルカード 嬢。
 歳を重ねた美人はおじさんは好きなのだが。

 続いて、古くからの知り合いのコーザ・ノストラは…なぜ、男どもの目つきがこんなに悪いんだろう。
 特に住吉三神氏は年を取って余計な迫力がでてきたようだ。

 猫と蜥蜴の気侭な物語様のエリーシャ・レン・ジールさんは昔の肖像を見ることもできて、そちらは見事な縦ロールがお嬢様の様式美を守られている。

 ダイアーズ様のパーティは実に見所の多いパーティで、前述の雪椿さんに加えて、ハンサムな男性陣、優しげな眼差しのレミエルさん、ミネル・ベチュールさんに、妖精は歳なんて関係ないいつまでも可愛いんだのスーさんと、多士済々。

 先にも言及した天に煌めく破魔の六芒星の朱鳥さんが明るい太陽のような魅力としたら、キリカ=シャンパーニュさんはまさに月のように静かに毅然と夜空を照らす魅力と言えるかもしれない。

 と、ここまであまりの手ごたえの良さに驚きを感じつつ、次に続けてみよう。
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# by yugi-B | 2005-07-01 18:46 | 週報

イブラシル暦 684年 11月/偽られた真実

 旧友との再会は、時として思わぬ古傷をえぐることもある。
 先月のジーンとの会話は、まさしくその典型だったかもしれない。
 その彼は、今月でミルシアに入ると聞く。
 多くの冒険者にとって、リープルフォートはすでに過去の通過点でしかなくなってきている。今後、リープルフォートに顔を出す機会はますます減っていくだろう。
 それに関してはあのジーンも例外ではないはずで、今思えば彼と私は同じ傷を持つもの同士。わかりあえないではない部分もあるのは事実だ。もう少し話してみてもよかったかもしれない。

 そして、そのジーンは今…
「よぉ、相変わらず暇そーだなここ」
 なぜかまだ、うちにきてきた。

 いきなり飛び込んできた失礼この上ない彼の物言いに、私はお帰り願うための言葉を探した。だが、もうすぐ約束のお客様がお見えになる。お客様に、押し問答の見苦しいところは見せたくはない。適当に相手をして帰すのが一番だろう。
 私はそんな思惑を、営業トークでそれとなくにおわせることにした。
「いえ、暇なわけではありませんがお客様にバタバタしているところは見せられませんからね。そんなわけでして、今日はこのあと色々と取り込み…」
「まあ、そんなことはどうでもいい」
 理不尽な台詞を能天気な声で言い放って、勧められもしない椅子に座るジーン。
「ところで、オレはとても喉が乾いた。そういえば、この前引き戸の一番奥の隅にうまそうな酒があるのを見たなぁ。『鬼殺し』とかいう…」
 よし、帰れ。私は壁際に飾られた絵画『マルティア大森林北部で眠る少女とウサギ』を二秒ほど眺めて、心を静める。

「はは、朝からはやめときましょう、ジーン。ともかく、今日はいかなる御用ですか。私が力になれることでしたら何なりとおっしゃってください」
「なら言わせてもらうが、最近の開錠について」
 ああ、開錠の依頼かな。早合点して、予定表の入ったケースに手を伸ばそうした私を、ジーンの次の声がさえぎった。
「いや、確認とりたいんだが、最近のお前の開錠結果、市販品ばかりだよな」
「ええ、残念ながらそのようですね」
 少し面白くない部分を指摘されたので、声が渋くなる。依頼主も私も幸せになれる結果というのは、中々難しいのだ。
 すると、ジーンは目を細め、狩人のような目つきで私を見つめる。猛烈に嫌な気配がした。
「さすがだな、キョウスケ。開錠した後、中身をそこらの市販品にすり替えて相手に渡しているんだな」
「なっ!」
 思わず腰を浮かせかけた私に、ジーンは期待どおりの反応だといわんばかりにニヤリとした笑みを向ける。
「じょーだんだよ」
「…」
 実に性質の悪い冗談だが、私は窓の向こうの光景が気になって怒るどころではなかった。宝箱を抱えたお客さまが足早に遠ざかっていく後姿。ちなみに、今日約束していたお客さまだ。

「そっかーうわーまいったなーいっぽんとられたよーあははー」

 悪気はないんだ。ただ、タイミングが最悪なだけなんだ。かつての彼のあだ名「波紋を無理やり起こす男」を思い起こして、私はただ笑った。
 ジーンは言うことを言って満足したのか、不意に立ち上がる。
「おっと、こんな時間だな。今日のオレはお前と忙しくてな。オレ専用の工房をここの一室につくる話はまた後で、ということで」

 何か、最後にとんでもない火種を残して去っていった彼を見送って、私はつくづく思った。
 冒険者の頃はよかった、と。
 少なくとも、彼のHPを0にすれば物事は解決したのだから。

 物騒な心のざわめきを覚えながら、秋の夜長は過ぎていく。
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# by yugi-B | 2005-06-20 00:23 | 週報

イブラシル暦 684年 10月 /ジーン・ミカゲ

 冒険者と関わる仕事を開始してから昔の知人と再会することが多くなった。
 なぜなら、昔の知人はほとんどが未だ現役冒険者だからだ。
 いい加減、腰を一箇所に落ち着け、手に職でも持ち、幸せだったり不幸せだったりする自らの家庭を築くべきだろうに、全く。
 とはいえ、私同様に一度その願いを持ちながら、結局それが果たせず再び旅の空に身を委ねるどうしようもない奴もいるもので…
 今日、蒼龍の塔からやってきた男は、まさにその典型だろう。

「いらっしゃいませー」
 扉を開く音に反応して、顔を上げながら営業用の挨拶をかける。
 逆光を背に、男のシルエットが描きだされている。
 整えやすさを優先したような短髪とがっしりした体つき。肉体労働者を連想した。
「よぉ、邪魔するぜー」
 その声と、逆光の中でにやりとあげられた口の端で私は気づく。彼の名はジーン・プレサリオ。いや、今の名前はジーン・ミカゲか。歳は私同じぐらいの四十路ちょいで、今も昔も鍛冶職人として活動していたはずだ。
 奥さんに逃げられたとはいえ、彼には子供がいるのだからそちらに集中すればいいのものを。たまには帰っているらしいが、子供を知り合い夫婦に預けて旅三昧の日々を十五年も続けている。
 なお、彼と最初に出会ったのは二十年。私とはときたまに言葉を交わす程度だったが、記憶にはありありと彼のことが残っている。ロクなことをしない奴だが、類は友を呼ぶのか結構な数の-そして意外な知り合いと群れて何かやっていたことを覚えている。
 特に覚えているのは、彼が一度のギャンブルで一万シリーンを使ったということで、残念ながら私とは価値観があまりにも違う男だ。
 とはいえ、配偶者の失踪という結末はお互い同じなのだからまったく嫌になる。彼は失踪、私はプラス離縁状付きという違いがあるとはいえ。

 そんな何かと相性の悪いジーンを見つめ、ため息まじりのつぶやきを吐き出す。
「はあ、損した」
「何がだ」
 聞きとがめたジーンの問いに、私は面白くもなさそうに答える。
「愛想を使って損した」
「愛想だって?」
「そう、私のいっらしゃいませーが無駄になったじゃないか。君、今すぐ私のいらっしゃいませーを返しなさい」
 差し出した私の手のひらを、ジーンはしばらく何も言わずに見つめていた、が。
「…オマエはこんな店を構えて、売りものは喧嘩だけか」
 ジーンの言葉に、私たちは好戦的な眼差しを向け合って、次の瞬間声もなく笑いあう。
 そんな具合に、旧知との再会は、素晴らしく無意味な言葉の応酬で始まった。

 それでも、彼を応接間に招いたのは懐かしさもあるが、現役冒険者でもある彼の情報を求めてのことだった。
 彼が「蒼龍の塔」という謎の多い施設のある地方に行っていたこと。それはまさに、今私が抱いている興味の対象だった。
 ミルシア南部に忽然と聳え立つ塔。誰か建てたのか、何のために建っているのか、中はどうなっているのか、未だ情報はまったくない。冒険者たちも詳しい情報を得ることなく素通りしていくためだ。
 だが、期待に反してジーンの話はいずれの答えも示しはしなかった。思わず不満を鳴らすと、奴は口の端だけ吊り上げて笑う。
「仕方ねーだろ。ふらっと塔に中に入っていった奴が、すぐに塔の壁を吹っ飛ばして退出させられた様を目の前で見たんだ。ぜってームリ」
 その様子からすると、「何か」があるというのは確実なのだが…それ以上は今は知ることができないようだ。まあ、冒険者と命知らずを分けるのは、危険に対する判断力だからね。傍から見ると、まったく同じに見えるのだが。

 しばらく、そのままジーンとは雑談が続いた。付近のPKが厄介だから町に逃げるだの、久しぶりに鍛冶仕事をするだの、それにしてもこっちでは鍛冶に手間がかかるという愚痴だの。
 それらがひと段落して、ジーンはふと深刻ぶった表情をする。
「で、だ。噂ぐらいは耳にしてないか?」
 主語を略されても困惑するだけだ。私は曖昧に小首をかしげる。
「トボけんな。鳴沢御影。失踪しちまったアイツだよ」
「ああ、君の奥さんだったね。って、まだ探しているのか?」
 もう十五年も前のことだろという言葉を飲み込む。彼にとってそれは、終わって風化を待つ出来事ではなく、未だ過程にあることだったからだ。
「私の知る限り、その名前を耳にしたことはないけど…未練だねぇ」
 しかし、思わず率直な感想がもれる。私も理不尽な別れは何度も体験しているが、全ていつの間にか痛みは薄れて、生活の慌しさにまぎれてしまう。星も見えない夜の寝床で、独りを静寂に思い知らされたときに胸を鈍く刺す想いを抱くぐらいだ。
「他人事みたいに言うなよ、キョウスケ。オマエもあるだろ、大切なものがいなくなって、理由もわからなくて、ただぽっかりと穴が残された気持ちが。理由を知りたい、防げなかったのか、元に戻れないのか、その想いが、ジクジクと狂おしく痛んでたまらなくなる」
 最初の妻の顔がふと頭を頭をよぎったが、遠い記憶の輪郭は朧に揺らいで定まらない。
「まあ、わからなくもないよ。ただ、それも気持ちだからね。気持ちに開いた穴なんて、とりとめもないことに埋まっていく。誰かに癒されていくこともなしに、傷は勝手にカサブタになってしまう」
 代替行為や妥協。それがないと人の生き方はえらく苦しくなる。器からこぼれ落ちた水を拾おうとするように。
 ジーンは私の言わんとしているところは理解してくれたのか、ソファの背もたれに身を投げ出して天井を眺めた。
 だが、彼の口をついたのは強い意志。
「けどな、オレにとって御影が開けた穴は御影でないと埋まらないんだ」
 私と彼の違いを端的に表すとしたら、聞き分けのないこの一言だろう。私はこんなに身勝手に何かを追い求めたりできない。折り合いをつけることはできるが、一方を完全に捨てるなんてできない。
 そんな私の言葉は、もはや彼にとっては邪魔な雑音そのものだろう。
「わかったよ、ジーン。アストローナ大陸を探し回って見つからずにイブラシルまできたのだろう。私も探せる範囲は探してみよう」
 できる限り彼の希望に叶う言葉を選びながら、私はこの話題を終わらせようと少し急いだ。眩しい想いを抱くジーンと相対することが辛くなったからだったかもしれない。
 ジーンもそれを察したのか、短い感謝の後は散り散りになった昔の仲間について、彼独自の毒舌交じりの思い出話をし始めた…


 しかしまあ、この時は自分こそが感情に折り合いをつけれるまともな人間なような口ぶりだったが、今読み返すとずいぶんと私も知ったような口を叩いていた。
 今、窓に切り取られた風景。夜空に鮮やかな光を浮かべる下弦の月を見て、最初の妻がいなくなった夜と同じ月の陰りだと思い出している。
 あの時、世界は夜そのものに思えた。欠けゆく月の照らし出す果てない夜。

 今も欠けた月が、何かを失っていた私をただ照らし出す。
 心に影を伸ばすのは、私が見切りをつけた全てのこと。その中には、きっと…

 さて、ペンが自制を失った言葉を吐き出す前に投げ捨て、今日は眠ろう。きっと目覚めれば、慌しい日々が私をそぎ落としていってくれるのだから。
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# by yugi-B | 2005-06-14 22:08 | 週報

イブラシル暦 684年 8月 /疲れきった大人たちに

 8月1日

 ミルシアからの便りが届いた。
 差出人はいつぞやの聖職者見習い、アンリくんだ。
 そういえば、彼にミルシアによったついでに、名産のミルシアサンドについて教えてくれと依頼していたことを思い出した。
 調査費は出せないという私の言葉に、曖昧に首を振った様子から期待薄だとは思っていたが、中々に義理堅い青年なのかもしれない。
 私はいそいそと封を破る。

『ミルシアサンドについて。
 大変残念ながら、ユギさんから調査費を渡されなかったために、実際に購入して確認することはできませんでした。
 それでも、私の調査によって判明したことを報告します。

 おそらく、ミルシアサンドは砂粒よりも大きく、ドラゴンよりも小さいと思われます。
 また食用可能かどうかについては、アイアンゴーレムは恐らく食べられないでしょう。
 なお、その効果のほどですが、なんと■■■を■■すると■■■。 おっと、インクをこぼしてしまいました、失礼。
 それでは、以上で報告を終わります。ユギさんの想像力の助けになれば、これに勝る幸いはございません。
 かしこ』

 紙飛行機と化したソレが無事ゴミ箱に着地したのを見届けて、私は仕事を再開した。


 まったく、最近は人をくった話ばかりだ。
 中でも、極めつけはアレだ。
 よりによって、ティターニア王家の眠る聖なるカタコンペに、『ハナゲソルジャー』などというものが出現したという。
 信じる方が無理な話だ。
 それなのになぜ、長い付き合いのアノ情報屋は、こんな世迷言を口走ったのだろう。

「で、だ。奴の最後の大技『最終奥技鼻毛・Forever』が最大のポイントだな」
 …このような彼の発言をとりあえず終いまで聞いた後、私は情報屋の肩を抱き、優しく頷いてやったものだ。
「そうかそうか。うん。君は十分によくやったと思うよ。だから、もう休むんだ。きっと今は、夢を見る時間が必要だと心が語りかけているんだよ」と。
 だが、私の優しさも彼には通じなかった。
「違うんだ、ほんとうにいるんだよ!」
 私は優しさを保った眼差しで、彼に頷いてみせる。
「そうだ、君の心にはきっといる。みんな、心のどこかにハナゲソルジャーのような存在は必ずあるんだ。それは、大切にしてやってくれ」
「俺の繊細な心にハナゲソルジャーなどいてたまるか。現実にいて、戦って、しかも強いんだよ!」
「そうだね、スゴイスゴイ…だけど困ったことに僧侶は体を直せるが心までは治せないんだ」
「いや、待ってください、この野郎」

 まあ、ハナゲソルジャーの話を口にしているとき以外の彼は、いつものビジネスライクそのものだったので、たぶんちょっとした短時間の錯乱だと思うが。
 まじめな顔で冗談を言われるとちょっと心配してしまうのだ。

 しかし、今思い返してみると…ハナゲソルジャーという単語、二十年ぐらい前にどこかで聞いたような?
 東のはずれ、ガルヴァータにいった奴が、口にしていたかな?
 確かにどこかで聞いた気がしないでもない。
 しかし、アストローナ大陸のガルヴァーダとイブラシルのカタコンペの距離は、大陸まるまる二つ分ぐらい。到底、共通項は見当たらない。

 んー、きっと、ハナゲソルジャーというのは集団ヒステリーか何かだろう。きっとカタコンペというストレスを感じる状況に追い込まれた冒険者が、二十年前の記憶をうんたらかんたらで、再現された、ということにしよう。
 というか、ハナゲソルジャーの話題はこの辺にしよう。
 ハナゲソルジャーという記述が日記の半分以上を占めるようになってきたことが、素晴らしく異様になってきたので。
 思いだした。寝る前に、ハナゲは切っておこう。


 8月2日

 まったく、店の扉にこんな落書きをしたのは誰だね?

 ↓

 『ユギ、キサマのハナゲを叩きなおしてくれるわ!
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# by yugi-B | 2005-06-05 21:05 | 週報

イブラシル暦 684年 7月 /俺死にたもうことなかれ

太陽をつかんでしまった。

自分のものではない、だが自分に管理責任がある大金を手にした感想だ。
存在感が圧倒的で、ヒリヒリと抱える私の胸を焼く。
そのおかげか、最近やけに刺激的な出来事が起こる。

情報と商品の仕入れを終えて帰ってきた私を、異変が待っていた。
代理購入してきた荷物を抱えながらCLOSEDの看板をひっくり返そうとした矢先、中からの話声に気づく。
耳を澄ますと、女性の声が聞こえる。
声がするということは、当然話し相手がいるわけで、中には二人以上の人間がいるのだろう。
ただ、相手らしき声は聞こえてこなかった。

私は少し様子を伺うことにする。
実際にそこにいるのがお客様であろうと、賊の類であろうと、ティターニアの女王様だろうと、今の私は最悪の事態を考えなくてはならない。
のこのこと顔は出せなかった。

…なるほど、どうやら女性は中にいるユギ キョウスケという男にお金を預けようとしているらしい。
そして、ここはそのユギ キョウスケの運営する銀行だ。
まったくもって、違和感はない。
今、扉の外にいる私が、ユギ キョウスケであること以外は。

危機というのは様々な反射を招く劇薬だ。
それが自分に向かってくれば恐怖に竦むが、自分以外の大切なものに向かうと一転して心を奮い立たせる。
そこから先は、冒険者時代の勘が多少なりとも戻ったのだろう。

このまま蹲っていれば危険は避けられるだろう。だが、私のキャリアは殺される。それなれば、何のために辛い思いをしてここまできたのか。
決して、男を逃がしてはならない。
入り口は二つ、玄関と裏口。
私を騙っているものはお金を受け取って、お客様の目前でそのまま玄関を出て行くことはないだろう。裏口に向かう。
向かいながら、私を騙る者について考える。
昔の盗賊仲間から教えてもらったが、銀行屋の成りすまし詐欺は危険が大きい。利用者が常連が多く、物のやり取りも本人としかしないからだ。
特にここは店を開ける期間が数時間しかないから、計画的に詐欺を行うにも分が悪いだろう。
まだ、短時間で根こそぎいける泥棒の方が合理的だ。しかし、自慢ではないがうちは金庫だけは立派なのだ。
うちは、応接間と金庫は以上に立派だ。はったりのために。

考えすぎて、一瞬頭に余計な考えが浮かんだが、すぐに打ち消した。いや、打ち消された。
なぜなら、目前の裏口から鍵の外れる金属音が聞こえてきた。
もう、犯人は外に出てこようとしている。
内心焦る。追いかけっこになったら、冒険から離れて二十年。持久力にはまったく自信がない。
かといって、素手での取っ組み合いも、輪をかけて自身がない。
一瞬、途方にくれたのは秘密だ。
どうしたものか。

武器になる石でもないかと視線が彷徨ったそのとき、そこでずっと抱えてきていた荷物に気がつく。
それは今日、店を開けた理由。
代理購入してきた商品。攻撃盾「アダーガ」だった。

後は、もう決行あるのみだった。
男が扉をあけるやいなや、盾ごと渾身のダイブ。
派手な音とともに廊下を転がるはめになったが、起き上がった私の下で、その男はあえなくノびていた。
立ち上がり、ほっと一息をつく。
代理購入の依頼主、バルジェムさんに感謝の言葉を心の中で捧げたとき、あわただしい足音が駆けつけてきた。

「賊か!」
短い詰問の声に、私は足元の男にお金を預けようとしていた女性を思い出す。
果たして、声の主をかえりみると、しなやかさそのものの身のこなしでかけよる女性の姿があった。その毅然とした相貌が、私を凛と貫く。
ああ、なるほど、これでは見事に私が賊に見えよう。
どう証明しようか、少し逡巡した私の視界に一気に彼女の姿が迫る。
まったく、素晴らしいスピードだった。その上、踏み込みから次の動作にうつるまで無駄がない。
正直、気がついたとき彼女のハンドアクスは、すでに私の頭上にあった。
なぜ、止めたのかは私にはわからない。
自分で違和感に気づいたのか、私が無抵抗に見えていぶかしんだのか。ともかく、ため息よりも先に無意識に私の口をついたのは、いつものお客様を出迎える定番の台詞だった。
「HangedBankに何かご用でしょうか?」

こうして、今日も喜ばしいことに新しい顧客を獲得できたわけだが、帰り際、彼女に何故応戦しなかったのか尋ねられた。
もちろん、美しいお嬢さんに「どうしようもなかったから」と答えるのは、芸がなさすぎるというものだ。
私は小さく笑ってはぐらかすのみだった。
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# by yugi-B | 2005-06-05 21:04 | 週報

イブラシル暦 684年 6月 /ブルブル連盟

 例えば目の前に10万シリーンが置いてあったとする。
 君なら、それをどうする?

 昨日までの私がそんな質問を受けたとしたら、「もって帰るに決まっている」と、未だ払い続けている先妻への慰謝料と養育費を華麗に返済する自分の姿を思い浮かべつつ答えただろう。
 だが、それは10万シリーンというものの存在感に触れたことがない人間の答えだった。
 実際にその金額に触れたものの反応は、もっと単純極まりない。驚愕による生理反応。主に下肢に対する脱力の衝撃。

 つまり、腰が抜けた。

「ハーシュ様の宝箱から出たお品物をお届けに参りました」
 少し緊張気味の可愛らしい、淡いピンクの髪の開錠師のお嬢さん─しかし、その開錠技術は私よりも格段に高そうだ─が、その預かり物を私の前に置いたのは、6月の昼下がりのことだった。

 見れば、古代技術の忘れ形見、銃。
 その名もずばり、エンシェントガンという種類の銃器で、娯楽都市アデンでよく出回っている品だ。 A-0旧型と改良の施されたA-1型にわかれ、いずれもハンドガン・タイプに比べると殺傷力こそ弱いが護身用として、趣味として、人気の高いモデルといえよう。
 この銃は若干装丁が異なるものの、おそらくA-1型に入るだろうか。ただ、これまで見かけたA-1と異なるところは、密閉された空間に収まっていたのか、サビがまったく浮いてない保存状態のよさと気品あるフォルム、鮮烈な古代の息吹が吹き抜ける華美な装飾。
 手に持つとずっしりと手首に響く鉄の重みが、銃としての実用性を教えてくれる。
 ただ、この時はまさか、この世でただ一つ現存する名銃A-2とはまったく予想もしていなかったのだが。

「わざわざありがとうございます。こちらの預かり物に関して、Death Bringerのハーシュ様からお話は伺っております。しかと私、ユギ キョウスケが預かりましたよ」
 用意していた受領証にサインをして、開錠師のお嬢さんにお渡しする。
 その受領証を確認して、彼女の表情が幾分緩んだ。歳相応の豊かな表情が伺える。
「よかった、これで心配ごとなくミルシアに向かえそうです」
「大森林南部には強盗も出没としていると言われますし、依頼を完遂できて何よりですね」
 開錠師としての単純な責任の言葉と思い、相槌を打つ。すると、彼女は悪戯っぽく両手を小さく振って。
「ええ、高額すぎて手足がブルブル。無事届けられてよかったです」
 にっこり。
 微笑まれて、改めて自分の手にある銃をよく見る。

 ああ、そうだ。
 この銃の新聞記事、見たことがあるぞ。
 オークションで参考価格136,505シリーンをたたき出した、稀代の逸品、エンシェントガンA-2!
 芸術性、実用性どれをとっても不足ない古代の逸品。
 もし、落として何か傷が入ったり故障したら、私が十人ぐらいで死ぬまでガレー船漕いでも、まだ足りない。
 ひぃ。

 石膏の像と化した私は、まったく申し訳ないことに、開錠師のくるみさんの見送りを座ったままにしてしまった。
それから、身体が動き出すまで三分。泥の中を泳ぐような身動きでようやく金庫にしまって、何とか一息をつく。
 預金高の十倍の価値というのは、途方もない。
 ダレだって、自分の能力を上回るものを受け持つと取り乱すだろう。特に私は自分で言うのもなんだが、小心者だ。隠密だって大好きだ。仲間の戦士の後ろが私の居場所だった。
 そういうわけで、エンシェントガンを処分して、その預金額の増加に私自身が慣れるまで、当分かかることになるだろう。
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# by yugi-B | 2005-06-05 21:03 | 週報

イブラシル暦 684年 4月 /四十路連盟

 43歳。いわゆる四十路をまい進中の私だが、この仕事を始めるまではそれほどこの歳を意識したことはなかったと思う。
 だが、近頃は希望と覇気に満ちた若い冒険者たちと触れ合う機会が増えたことにより、翻って自分の歳を痛感する今日この頃。
 鮮烈な恒星の光に追いやられる明け方の衛星のようだ。
 若者たちの中にいるのは、どうも居心地が悪い。
 とはいえ、同じ世代の相手と一緒にいれば居心地がよいのかといえば、必ずしもそうではない。

 これは、今日は四十路仲間の来訪を受けての感想だ。
 彼の名は住吉三神。先月開錠した宝箱の依頼人で、リープルフォートを通過するついでに成果を直接取りにきたらしい。
 彼と私は、20年前に拠るところこそ違えどディアスとの戦いに参加した同志ということになる。そのときは私が23歳で、彼が21歳。私は盗賊としての大成に憧れ、彼は機械兵の力に酔うように、飛ぶように駆け抜けた戦役だった。
 それからの私は、年月に削られるように丸くなって現在にいたる。しかし、この旧友はまったく違う20年間を送っているようで、強い眼差しは20年前の面影そのままに、精悍さを増した表情と精神に張りを感じさせる物腰。未だ冒険者現役なのが、私とは根本的に違うところだ。
 正直、彼と向き合っていると、追い出された夢の国を見ているようで、少し辛いのだが。

 とはいえ、久しぶりの再会と彼特有のあっけらかんとした気性のおかげで、来訪自体は実に楽しい時間をすごすことができた。
 私も少し余裕が出てきたため、仕事の手を休めて雑談や思い出話にしばし耽る。
 ただ、住吉は持ち前の無邪気さで、ついつい地雷を踏む傾向があった。
 住吉はゴルダ鉱山でとれたゴルダの秘宝を見せてくれながら、余計なことを言った。
「お前、冒険者やめて後悔してないか?」
「何でそう思うんだ」
 憮然として聞き返す。ゴルダガーディアンとの遭遇の下りを、羨望の眼差しで聞き入っていたこと以外、心当たりはない。
 住吉は質問を質問で返されたことに、特にこだわらなかった。
「何でそう思ったといわれてもなあ…たぶん、俺は20年以上も冒険者にハマっているから、そう思ったんだろうな」
 のんびりした口調で律儀に言葉を紡いでいく。
「常に前に走らないと、落ち着かないというか…冒険者が町にいて別のことをしていても、無為な時を過ごしている気がする。俺はそんな自分に照らしあわせて、お前がそう思えたんだ。見たところ、世界有数の貯蓄高をかかえるとか、そういう気合の入れられる目標もないようだし」
 彼の実感からくるその言葉を、かつて同じ立場だった私は理解できないでもない。
 かつては、私も町にいる銀行屋を「せっかく冒険の舞台が目の前にあるのに、町に引きこもって何が楽しいのだろう」といぶかしんでいたこともある。少なくとも、住吉は今もそう考えているらしい。
 厄介なことに、その考えは前を進もうと努力する好ましい姿勢が生み出している。町にじっとしているより、ずっと楽しい冒険の日々。その渦中にいる住吉に、今の私の気持ちを言葉にしてもどこまで通じるかわからない。
 それでも、自分の立つところを彼に伝えるのが、私の誠意だと感じた。
「私が今楽しいと思うことをしているだけだよ。町にいるのは、別に誰かを助けたいといか、手元の資金が増えるのを喜ぶとか、人のために自分を犠牲にしているわけでもなくて…銀行業には銀行の楽しみってのがあって、私はその醍醐味を味わおうとしているんだ」
 そこまで口にして、自分の考えを発現することの難しさに微苦笑する。
「自分がこの世界の一つの歯車として、人と人の間に立ち、これまでまったく知らなかった領域にまでつながっていくというのが、なかなか悪い気分じゃない。立ち止まっているからこそ、人の冒険を純粋に楽しむこともできるし。まあ、急ぎ足で先の景色を楽しみに行く人が君だとすれば、歩く人の速度で脇の景色をじっくりと見ることが楽しいのが私。そんなとこかな」
「ははは。悪い。何を言いたいのか、さっぱりわからん」
 ひでぇ。
 素直な感想で私を封殺しておいて、住吉はぽつりとつぶやく。
「まあ、人には色んな価値観があるからな」
 実に凡庸かつ適切な言葉でこの話題を終わらせた住吉は、次なる話題─私がなぜ妻と子に捨てられたか─について、つまり私の第二の地雷について熱っぽく自らの所見を語りだした…

 とりあえず、この旧友を見返せるだけの生き方をしていきたい気もふつふつとわく、ユギ キョウスケ43歳の春のことであった。
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# by yugi-B | 2005-06-05 21:03 | 週報

イブラシル暦 684年 3月 /もう一つの初仕事

 銀行開設をし、初仕事をこなした日を思い出す。
 その一日は仕事を終えて就寝間近になっても妙に高揚して、日記をつけながら気分が落ち着くのを待ったものだ。
 愚にもつかない言葉を吐き出して、文字を散りばめるのに飽きるまで。

 今日、めでたくも私の開錠屋としての活動が始まったわけだが、気分は高揚よりも安堵の方が強い。
 私に責任の所在はないとはいえ、依頼主をそれほどがっかりさせなかった開錠結果に、一安心したのだ。
 開錠自体には昔とった杵柄というか、経験はあるので特に不安はなかった。第一、昔の宝箱は派手な仕掛けがあって、自分の手際が悪い頃には緊張感を強いられた。私も駆け出しの頃は簡単なワナにかかって、額に矢を生やしていたものだ。
 とはいえ、錠前の構造は複雑化したようで、私のようなロートルの手では今の段階の宝箱で手一杯だろう。私が所持しているLV6の宝箱など、鍵を開けてみようという気にもならない。
 そこから先は、現役のシーフに任せよう。

 さて、滑り出しはまあまあの開錠だが、それに対して本業の銀行業もなかなかのもの。顧客数、取引高とも漸進を果たした。
 後は顧客の増加とともに、その個々の成長と足並みを揃えて私の仕事を遂行するのみだ。
 その成長を示す一定の物差しとなるのは、すでに定番コースとなったゴルダ・ガーディアンとの戦闘だろう。
 今週はまずコーザ・ノストラさんが挑んだが、土属性魔法のダメージを水の狂想曲で底上げするわかりやすい戦術が目を引く。ただ、前衛のブラインド・メイスさんはゴルダ・ガーディアンに愛されているのか、パワストのクリティカルクリーンヒット、連続攻撃、ロックバスターと続く華麗な全打撃を叩きつけられ、HP1600に関わらず脱落してしまう。ノーガード戦法ゆえの悲劇か。
 それに比べると、ダイアーズさんところは危なげない勝利。底上げされたスピードと、そのために安定したライトヒールが大きな要因だろう。
 天に煌めく破魔の六芒星さんの場合は、相手をスロウ、レッグショット、バッシュで鈍らせての封殺。魔法も大きなダメージを呼んだ。
 同じゴルダ・ガーディアン戦でもパーティの特色が自ずと反映されているのだね。

 一方では、先月遊びにきたアンリくんやホワイト・クロスフォードさんのように、マルティア大森林に歩を進める冒険者の姿も目立ち初め、気の早いところではすでにミルシアに到達したものもいるという。
 そういえば、ミルシアには名産物が存在するらしい。その名もミルシア・サンド。珍品好きの私としては、一度手にしてみたいものである。とりあえずミルシアの自然の恵みをふんわりパンではさんだサンドなのか、それともそこらの砂なのかということだけでもわかればうれしい。
 いずれにせよ、「廃れた享楽都市」アデンの名物「銃」よりかは、ずっと夢がもてる話だと思うし。

 一方では、ゼネトス=ロファールさんのパーティが大陸南端の古灯台に歩を進めている。
 何十年前のことになるだろう。当時発生していた黒い霧によってリープルフォートはアストローナ大陸と断たれて活気を失い、それに伴って古灯台はその役目を失っていた。
 だが、最近ではバルバシアの海路からの侵攻を見張る役目を新たに負って毎夜静かに炎を灯すという。

 私も、冒険者生活を止めて久しいが、この今の仕事を負うと決めた以上、か細くても光を絶やさぬようにしたいものだ。
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# by yugi-B | 2005-06-05 21:02 | 週報

イブラシル暦 684年 2月 /顧客の来店

 ようやくこの町にも慣れ、銀行業も順調な船出を漕ぎ出そうとしている。
 宣伝の効果も上々のようだ。
 ぼつぼつとつきはじめた顧客に手ごたえを感じる。
 資金を運用することは信用があって成り立つものだけに、気を引き止めないといけない。

 さて、雑事に奔走しているうちに情勢はまた変化していったようだ。
 アストローナからイブラシル大陸へ移動を開始する冒険者たちの姿が目立ちはじめた。彼らはエレミア平原西の港から、ここリープルフォートを通って大陸の奥へと踏み込んでいく。
 とはいえ、混迷を極めるイブラシル大陸。そう簡単に冒険者を受け入れる寛容さはない。
 しばらくは、このリープルフォートが探索の拠点になるだろう。

 今日、訪問を受けたのは、そんな冒険者の一人だった。
 アンリ・レクベル。二十歳そこらのルシアール教会出身の僧侶で、私にとって数少ない顧客の一人だ。
 室内にも関わらず、簡易の法衣を着込んで暑がる気配もない。落ち着いた物腰と人当たりの良い表情を終始崩さず、一見して何を考えているのか少しわかりづらいところもあったが、口を開くと案外率直に物を言う。
「失礼ですが、しかしまあ、ボロい店舗ですね」
 この、執務室に入っての第一声のように。
「ほんとうに失礼ですが。ともかく、ようこそいらっしゃいました」
 悲しいことに失礼な奴には慣れているので、差し出された手を握り返す。そういえば、風羽は今頃ゴルダ鉱山の中か。きっと鉱山を踏破するころには、フェイルもうたれ強くなっているだろう。
「それで、アンリさんは今日はいかなるご用件で? ゴルダの秘宝を預けてもらえるのなら銀行冥利につきますが」
「よく知っていますね。残念ながら、ご期待にはそえませんが」
 軽い驚きを伴う丁寧な否定。
 彼らパーティがゴルダの探索を終了して、この町にきていることは把握している。
 他にはスタンド・バイ・ミーさんがゴルダの秘宝を今週手にしたらしいが、そちらは後方から奇襲した上でスロウと落とし穴にハメて、まとまったダメージを魔法で叩き込むという相手に二行動しかさせない少々アレな勝ちっぷりだった。
「実はですね」
 言うべき言葉を整理できたのか、アンリ青年はありがちな前置きを口にした。私は深く腰掛け、話を聞く姿勢をとる。
「私は教会からイブラシル大陸の調査…まあ、布教が可能かどうか調べて入るのですが」
 兵士によって領土を広げるのが国家なら、布教によって版図を広げるのが宗教。彼の任務も聖職者として当然のものだろう。青年は懐から一通の蜜蝋で封を施した手紙を取り出す。
「これはその今月分の報告書ですが、ユギさんのネットワークを使って教会に届けてくれませんか」
「ああ、全然かまいませんよ」
 造作もないことなので、私は快諾してみせる。すると、アンリはうれしげに頷き、どこに隠し持っていたのか同じような封筒をずらずらと机に並べはじめた。
「じゃあ、ここに1年分用意したので、一月に一通、この来月分から順番に届けてください」
 ええと。
「私も職業柄、世間の新しい知識を吸収しようと努力しておりますが、なんですか、最近の僧侶は予知能力があるのですか」
「いえいえ、面倒くさいので予測で書いておきました。全て『私はさんざん苦労して布教を試みたが無理でした』という内容をベースに、波乱万丈に富む幾多のエピソードを盛り込み、ドラマチックに愛とロマンが舞い踊る一大スペクタクルです」
 実に晴れやかに言い切った若い僧侶の顔を見て、言葉が何もでてこなった。
「はあ…」
 間抜けな私の相槌に、少し声のトーンを落とした青年のつぶやきが続いた。
「まあ、本当のところいいますと、私はこの大陸に火種を残して歩いていきたくはないのですよ」
 抽象的な言い方だが、なんとなくこの若い僧侶の言いたいこともわからないではない。アストローナと隔絶する前から、イブラシル大陸には彼らなりの信仰が深く根付いている。そこに異質を持ち込むのは、果たしてどんな結果になるのか。
 そんなわけで、私もこのアンリ青年のやらかす「サボリ」への共犯者になろうと思う。

 まあ、私自身がアンリに一杯食わされている可能性が高いが、わかっていて乗ってやるのも大人の余裕というものだろう。
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# by yugi-B | 2005-06-05 21:01 | 週報

イブラシル暦 684年 1月 / リープルフォートの店舗にて

 イブラシル大陸への長い航海もようやく昨日終わった。
 渡航前に賃貸契約を結んでいた港町リープルフォートの貸し店舗を確認し、次に身体に染み付いた潮の匂いを洗い流して一息をつく。
 とはいえ、店舗に張り巡らされた蜘蛛の巣と積もった埃を見る限り、それもすぐに無駄となりそうだが。

 今はかろうじて掃除を終えた執務室に腰掛けて日誌を書いている。金庫室に金をかけすぎたせいだろう、質素極まりない素朴な机と椅子、書棚が並んだ狭い部屋。イスの形をした角材の塊に座っていると、ケツが痛くなってくる。
 応接室ぐらいには腰の沈むようなソファーをつけよう。そして普段はそこで仕事をしよう。そう心に決める。

 そうそう。今日、顧客に関してアストローナ大陸から朗報が一つ飛び込んできた。
 顧客のアンリ君が参加しているパーティがゴルダ鉱山の奥でゴルダ・ガーディアンという存在を見事打ち破ったらしい。ただ、鉱山の奥には未だ多くのゴルダ・ガーディアンが存在しているらしく、倒しつくす日はいつになるかはわからないともいうのだが。
 ともかく、そのゴルダ・ガーディアンという名を聞いて、懐かしさがこみ上げたのは私だけではないはずだ。私と同じ時期、ディアスとの戦争に奮闘した冒険者たちには聞きなじみがあるだろう。
 ゴルダ鉱山はディアス帝国の宰相だったリン=ハザートが機械兵を発見した場所であり、その存在と能力が彼の野心を現実化する手段となった。発見された機械兵はほとんど戦争に徴されたと聞くが、一部の機械兵は固有の使命(ガーディアンの場合は鉱山を守ること)を与えられており、戦争に使うことができず放置されたという。
 戦争の最終局面ではゴルダ鉱山を訪れたとある冒険者が一体のゴルダ・ガーディアンと交戦したものの、紅竜の出現と時を同じくしていたため、詳しい調査を行うことができなかった。

 20年の時を越えてよみがえったゴルダ・ガーディアンというわけだ。
 いや、機械兵が造られた年から考えると、もう何百年ぶりかは定かではない。
 私は、こういう突き詰めると気の遠くなることを考えることをけっこう好む。
 世界の広さ、星の遠さ、太陽の熱さ。
 果たして、それは人類のたどりつき、実感できるものなのだろうか。

 まあ、学者でもない自分がそんなことを考えても詮無きこと。
 それよりも日常の些事について、そろそろ結論を出さないといけない。
 いかにして金庫を一杯にするのか、ということだ。
 宝箱一個しか手元にない状況を考えると、星の距離より遠くに感じる難題だ。
 まずは信用を築いていくのが第一か。

 あとは私事になるが、私はこの新たな門出に際して一つ悩みがあった。
 銀行名がまだ決まっていたなかったのだ。
 ユギ銀行といえばわかりやすいかもしれないが、なんか自分の名がつくと気恥ずかしくて落ち着かない。かといって、言葉を選び出すセンスというものは、私には絶望的にかけているものだ。
 まあ、運命を決めるならこれだろう。
 裏にして無造作に並べたタロットカード、そのうち一枚を手に取り、ひっくりかえす。
 すると、そこには「吊るされた男(The Hanged man)」が一枚、微妙な面をしてこっちをのぞきこんでいた。

 …かくして、うちは「Hanged Bank」という銀行名を登記することになったのだが、知り合いに教えられて調べたところ、その意味は「絞首刑にされた銀行」ということらしい。
 どんな不正をやらかしたらそんなことに。
 早速、第一歩で躓いた感がひしひしとするが、明日はきっといいことがあるさ。
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# by yugi-B | 2005-06-05 21:00 | 週報